『アムール,愛の法廷』L’hermine舞台はフランス北部の町、サントメール。裁判長のミシェル・ラシーヌ(ファブリス・ルキーニ)は、自分にも他人にも厳しく、10年以上の判決が多かったことから、「10年判事」と揶揄されている。風邪で体調を崩しながらも、いつものように法廷に立つミシェル。そこには、幼い娘を蹴って死亡させた罪に問われる男が被告人として立っていた。体調のせいか、周囲にもわかるほどの苛立ちを見せていたミシェルだが、ある陪審員の名前が呼ばれたとき、表情が一変する。ディット・ロ ランサン=コトレ(シセ・バベット・クヌッセン)・・・・・・6年前、ミシェルが交通事故に遭ったときに病院で手当を受けた麻酔医で、それ以来、ミシェルがずっと思いを寄せている女性だったからだ。法廷での審理、休憩中の陪審員たち、ミシェルとディットの会話、彼らの日常生活。そんな何気ないシーンが、静かに降る雪のように、しんしんと積もっていく。そして、真実が見えず、陪審員たちが評決に戸惑っているとき、陪審員室を訪れたミシェルは、さりげなくこんな助言をする。「正義の目的は、真実の追及ではない」—— 陪審員として、どんな責任を負い、どんな決断を下すべきなのか。彼らの良心をめざめさせるミシェルの言葉は、ゆっくりと穏やかだけれど、そこにはフランスという国の本質が凝縮されている。自由と平等の精神は、こんな風に人々の心の片隅で熟成し続けるのだろうか。堅物裁判長の心をつかんだディットは、天使のような優しさで法廷を包み込んでいく。『十二人の怒れる男』のような社会派の法廷劇と、熟年の男女のラブストーリー。この2つの調和を感じたときは、まるでかぐわしいワインを口に含んだときのようで、ほろ酔いの心地よい余韻がある。「良心と信念に従って公正な票を投じてください。偏見のない誠実な視点と柔軟な考え方を持つことが大切です・・・・・・」。法廷で、ミシェルが陪審員に静かに語りかける。それをじっとみつめるディット。ファブリス・ルキーニは、この映画で第75回ヴェネチア国際映画祭男優賞を受賞、デンマーク出身のシセ・バベット・クヌッセンは、第41回セザール賞の助演女優賞に輝いた。ときおり映し出させる法廷画家の絵もまた、印象的。「フランス映画を好きになってよかった」、そんな気分にさせてくれる1本。 (Mika Tanaka)監督:クリスチャン・ヴァンサン出演:ファブリス・ルキーニ、シセ・バベット・クヌッセン、ディット・ロランサン=コト、コリンヌ・マシエロ、ミカエル・アビブル、ジェニファー・デッカー、ほか2015年/98分
『アムール,愛の法廷』L’hermine