フラン•パルレ Franc-Parler
La francophonie au Japon

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マルク・ガルニエ、パイプオルガン製作者
投稿日 2012年7月1日
最後に更新されたのは 2023年5月25日
オーダーメードのパイプオルガン
 
威風堂々とした楽器パイプオルガンは、教会音楽にも宗教音楽以外の音楽にも適した楽器です。発注者の要望にしたがってその形態は様々です。パイプオルガン製作者マルク・ガルニエと息子達は日本の市場にしっかりと根を下ろして、注文に応じてパイプオルガンを製作しています。ほら、よく注意して見て御覧なさい! 教会であろうと、コンサートホールであろうと、ガルニエ製オルガンは容易に見分けが付きますよ。
 

フラン・パルレ:ガルニエ製オルガンは今年創業40周年をお迎えですか?
マルク・ガルニエ:実を申しますと、私がパイプオルガンの製作に携わって以来かれこれ50年になります。1965年に見習いを始め、1972年に独立致しました。それで、今150台目のパイプオルガンを手がけているところです。我々、と申しますのは、私には現在私の仕事を手伝ってくれている息子達がいるからですが、3人の息子と娘一人までもが同じ生業にはまり、その上、婿もオルガン製作者になっています。そんなわけで、私は今彼らに仕事を譲りつつあるところです。工房は2つ持っています。最初は1972-1974にフランスのオ・ドウ県に設けました。それから1974-1977にアルザス地方に移りました。アルザスは私の両親の故郷、私の一族の出身地であります。注文を取り始めるとますます広い仕事場が必要となってきまして、アルザス地方で何かしゃれた建物を探しましたがとても値段が高すぎました。というのも、私に気に入ったものは全て、ドイツ人が別荘としてすでに買い占めていたからです。それで1977年にオ・ドウ県に舞い戻り、そこに私の最初の大きな工房を建設しました。最初は2人の使用人から始め、多い時は5人もおりました。その間子供達が大きくなり、私は常々彼らに「この仕事にだけは就くなよ」と言いきかせました。でも結局のところ、彼らをこの仕事から遠ざけられなかったのですから私の大いなる不覚とするところです。彼らの方が私と同じ仕事をしたいと思ったのですよ。
 
Orgue à Gifu

フラン・パルレ:じゃあ、現在2つ工房をお持ちで、日本に1つ、フランスに1つですか? それではどうきりもりしていらっしゃるのですか?
マルク・ガルニエ:その通り、2つの工房を持っております。私が初めてのパイプオルガンを日本で製作したのは、1982年、神戸松蔭女子学院大学でした。フランスのパイプオルガンでして、17世紀のフランスパイプオルガンを再現したものです。そこから全てが始まりました。このタイプの楽器に皆さん極めて関心が深く、とても感激されておられました。1982年の6月から9月にこの組み立てをしたのですが、日本の本当に一番悪い季節に当たり、湿度が高いといったら。そんな気候に我々は慣れていないのです。オ・ドウ県では、わたしは標高1000メートルに住んでいましたから、あそこ神戸の気候には参りました。ですから日本へなんか二度と足を踏み入れるものかと心に誓ったものですよ。ところがこの時もまた思惑通りにはいきませんでした。あの最初のパイプオルガン製作以来、我々の製作に関心をお寄せくださった日本の方々がますます増え、それではということになり、前言を翻すことになったのです。私は日本の顧客は極めてユニークだと気づきました。日本で遭遇する顧客のタイプとヨーロッパとでは大きな相異があるのです。日本の顧客は人を信用し、何か良いものを作り、失敗がなければ、その関係がずっと継続していく人達なのです。日本ではパイプオルガン発注に際し、ヨーロッパにあるようなコンテストとか、コンペとか、“オリンピック”とかいった類のものがありません。ヨーロッパでは、専門家や、技術顧問、即ち貴方の仕事のスケジュール管理をやる連中がいます。その上、市場を獲得するための競争をしたり、価格を下げたりもしなくてはなりません。ここ日本では、貴方の楽器が素晴らしいと思えば貴方を選ぶのです。だからといって勝手にお任せということではありません、日本人は何でもよく知っておられるからです。彼らは方々旅行して、ヨーロッパのことはよくご存知で、ヨーロッパの色々な楽器についてよく知っておられます。彼らの関心事は、これらの楽器、彼らの伝統にはないヨーロッパ音楽を伝えるこれらの楽器をほんとうに可能な限り身近なものにすることなのです。ここにいる日本人にとって、ヨーロッパの製作技術を習得し、しかも日本に住みながら製作を実現するのは、明らかに容易ではありません。日本人のオルガン製作者が何人かいらっしゃり、彼らは意欲的で、優秀で、とても好感がもてます。でもそれは、我々がヨーロッパに日本の寺社を建てたいと思うのに少々似ています。その場合、日本人の匠が建てた方が我々よりずっと上手に建てることが出来ると思うのです。伝統というものの中には、それをよく理解するには、その伝統が生まれた環境の中で暮らしてみなければ判らないものがあります。次第に少しずつ注文が増え、今までに日本で110台の新しい楽器を作りました。中には非常に大きなオルガンも製作しました。今、池袋の東京芸術劇場のために製作した大オルガンのオーバーホールをしているところです。これは回転盤上で回る、デザインを異にする両面を持つかなり特殊な楽器で、幾つかの違った音楽スタイルを奏でます。片面では、オランダルネッサンス音楽を17世紀の調律法で演奏することが出来ますし、またバロック音楽を当時の音色や調律法を使って演奏することも出来ます。もう片面はフランス古典期からフランスロマン派の音楽まで弾くことが出来るパイプオルガンです。それはもう大仕事でした。その上、私はメンテナンス、保守管理、調律のため日本に頻繁に戻ることになりました。そこで息子を一人雇って、メンテナンスの仕事を彼にやらせることが出来るように、日本人のパートナーを1人探し、有限会社を作ることに同意して頂きました。その有限会社、“マルク・ガルニエ・オルグ・ジャポン”は1997年に設立致しました。いまでは私の息子二人が日本女性と結婚しその上孫達もいます。私は少々引退の身ですから、工房を建設するに当たって、彼らの手助けをするため、少々協力するため日本にやって来ております。
 
フラン・パルレ:木材の種類についてお伺いしますが、日本で製作されたオルガンには日本の樹木をお使いですか?
マルク・ガルニエ:多少使います。正確な名前を知りませんが、杉の類に属します。しかし今のところ30年、40年、50年後にその反応がどう出るかわからない部品に関しては、日本の材木を使うことを控えています。むしろ良質の針葉樹を使う方が賢明です。日本にも多少あるのですが、やはりヨーロッパやカナダの針葉樹を使います。楽器の中で響きや協和音を担う部品には全て、音響装置であるパイプと正確に共鳴しあう素材、非常に柔軟で軽い木材を使うことが望ましいのです。例えて言えば、ピアノやクラブサン、ヴァイオリンの共鳴板のようなものです。いい効果が証明された木材を常に使用しています。
 
Tokyo Metropolitan Art Space

フラン・パルレ:あなたの最大の顧客はどんな人達ですか?
マルク・ガルニエ:今のところ、一番大きなオルガンの発注者は東京都です。それがこの極めて大きな楽器で、機械操作上とても特殊に出来ていて、現に建立された最も大きなオルガンの一つです。次に、数の上でもっとも注文が多いのは、民間人、教会です。コンサートホールの楽器も4台か5台手がけました。その発注者は公共団体、市や町、国、音楽学校です。そうでなければ、教会、そして個人です。個人の方は、その人が宗教団体に属していない場合、フランスと違って、楽器が必要になってきます。フランスは政教分離の国(従って、教会の建物、備品等は国有財産)で、信者でなくとも音楽技量が優れていれば、誰でも教会や大寺院でさえも入ってオルガンを弾くことが出来ます。ここ日本では、そのコミュニテイの一員であることを要求され、その点がフランスと大いに違うところです。
 
フラン・パルレ:あなたは自宅で演奏したい個人のために特別なオルガンを作られましたね。
マルク・ガルニエ:おっしゃる通りです。いくつかの楽器を開発いたしました。私には双子の息子がおり、彼らのうちの1人がまだフランスに留まっていた時に、彼ら2人が特殊な技術を用いて特別な楽器を開発したのです。その楽器は3つの鍵盤(2つの手鍵盤と足鍵盤)、3種のストップ、3セリーのパイプが付いていて、手鍵盤2段と足鍵盤に於いて、これら3種のストップを自由自在に用いることが可能です。ですから、その楽器で素晴らしい演奏ができる上、場所はたいして占領しません。彼らは10台位作りました、我々は10台位作りました。といってもこの楽器を考案したのは双子の息子たちなのですよ。そしてもう1人の息子マチウと共に、練習用の楽器も開発致しました。それもまた家庭用、日本の部屋に設置出来るものです。その種の楽器も10数台作ったと思います。注文は常時入っています。
 
2012年7月
インタヴュー:エリック・プリュウ
翻訳:井上 八汐
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